樋野興夫ブログ 「がん哲学学校」

第234回「がん哲学学校」
識別できる知恵 〜 プラトン と ニーバー の言葉の学び 〜 

2018年01月23日


「がん哲学外来 花一輪カフェ 1周年記念講演会」で講演『「人間万事塞翁が馬」〜 がんは 人生を見つめる チャンス
〜』する機会が与えられた(勝田台文化センターに於いて)。会場は、活気に溢れていた。驚いたことに、2008年、順天堂大学医学部附属順天堂医院で「がん哲学外来」を、最初に、世で始めた時に、受診された方も聴講に来ておられた。NHKテレビの取材があったことも、鮮明に甦った。当時、「主治医から、余命1年と言われた」とのことで「がん哲学外来」に、面談に来られたようである。10年が過ぎ、明るい姿には、大いに感動した。

{{余命など 誰にもわからない 命のある今を 輝かせるのです。}、「あなたの余命を 確実に言い当てられる名医など
どこにもいないのです。」、—— 決まっているのは『生きている限り、命は続く』、それだけです。だから、目の前の一日一日を
大切に生きてください。}}(樋野興夫 『いい人生は、最期の5年で決まる』より)。さらに、{「人生には、自分では コントロールできないことが
たくさんあります。」、——「日々起こる些細なことに 振り回されず、その日その日を
精一杯生きる。」それが大切です。哲学者プラトンの言葉を借りれば「恐るべきものと
恐るべからずものとを識別することなり」となるでしょう。アメリカの神学者ニーバーが残した有名な言葉「神よ、変えられないものを
そのまま受け入れる冷静さと、変えられるものを 変える勇気を、そしてその違いを 識別できる知恵をお与えください。」}(樋野興夫
『病気は人生の夏休み』 より)の資料が配布されていた。企画者の熱意には、大いに感服した。
第24回 市民と介護を考える「オリーブの木」(共催:府中がんケアを考える会)『がんと共に生きる〜あなたにとって一番大切なことは?〜』で、講演を依頼された。「病理学」とは、「個性と多様性」の学びでもある。
    『爆笑症候群 = 存在自体が周囲を明るくする人』
    『爆睡症候群 = 楽観的に物事を考える人』
    『気がかり症候群 = 自分の問題:ユーモアと客体化』
『気がかり症候群』の存在意義は、「相手の必要に共感することであり、自分の気持ちで、接しない」であろう。ニューモア溢れる『3大
症候群』の各第1号が、それぞれ、認定された。筆者は、『3大 症候群』最高顧問とのことである。

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第233回「がん哲学学校」
人生を見つめる チャンス 〜「なぜ病理学に 進まれたのか」〜
 

2018年01月18日


毎年恒例の病理学教室(人体病理病態学講座 & 病理・腫瘍学講座)合同の新年会が、開催された。多数の参加があり、大変、有意義な 一時であった。筆者は、『終わりの挨拶』で、「病理学者の 存在意義・役割・使命」について、語った。
最近は、「なぜ病理学に 進まれたのか」との 質問を受ける事が 多くなった。

講演『「人間万事塞翁が馬」〜 がんは 人生を見つめる チャンス 〜』の依頼を受けた。『達人は、順境も逆境も同じものと考え、喜びも悲しみも二つとも忘れて、そうしたことを 超越して天命に安んじる。』(新渡戸稲造『逆境を越えてゆく者へ』より)。『私も 生きる基軸につながる 出会いがあったのは、大学浪人中という 逆境のときでした。予備校の先生を通して 南原繁を知り、南原が影響された人物を たどるうちに 新渡戸稲造と内村鑑三の本を 読むようになりました。浪人していなかったら 新渡戸に出会うことも、がん哲学外来を 開くこともなかったと思います。このように 一見不利に思えることでも、後になってみると 人生の糧となっていることは 往々にしてあります。』(樋野興夫『あなたはそこにいるだけで価値ある存在』より)。浪人生活は、『逆境を越えて ゆく者へ』の、ささやかな実例であったと 懐かしむ 今日この頃でもある。

{私がいう 孤独とは、ひとりで 深く考えるという意味を持つ ソリチュード(solitude)で ———、より深く 静思するための孤独なのです。——— 孤独とは 立ち止まる時間と 考えてみてはどうでしょう。立ち止まり、焦る思いや 寂しさを クールダウンすることで、あらためて気づいたり 感じたりすることがあると思います。孤独と思索は 背中合わせのようなものです。——— この体験がなかったら、私は『がん哲学』などということを 思いつかなかったろうな、と、ふるさとの 島根県大社町、鵜峠(うど)の地へ思いをはせるのです。 そもそも、私が 病理学を専門としたのは、—— 言葉のコンプレックスが あったからです。病理学なら 一日のほとんどを 顕微鏡をのぞいていればいい、そう思ったのです。臨床医と違って 患者さんと話さなくてすみますからね。つまり、すすんで 孤独になる道を選びました。}(樋野興夫『いい覚悟で生きる』より)が、甦る。『進むのは我々のほうで、時ではない』(トルストイ)の 復習でもある。

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第232回「がん哲学学校」
『日中の懸け橋』 〜「北京大学と中国医科大学」との国際教養交流 〜

2017年12月29日


いよいよ、2018年の幕開けである。時の経つのが、早いと感ずる、今日この頃である。年末には、wifeと恒例の『「西武園ゆうえんち」のイルミネーション』を見学した。2018年の夢には、「がん哲学外来製作」があろうか!?(https://gantetsueiga2018.amebaownd.com/)。筆者の思いを越えている。

筆者は、2017年11月末、北京大学腫瘍病院で、拙著『がん哲学外来で処方箋』の中国語訳 出版記念講演会に招待された。『がん哲学』(to be
出版)、『明日この世を去るとしても、今日の花に 水をあげなさい』(幻冬舎)、『病気は人生の夏休み』(幻冬舎)
の中国語訳に続いて、これで4冊目である。先日は、繁字体のみであった『明日この世を去るとしても、今日の花に
水をあげなさい』の簡略体が、送られてきた。驚きである。拙著が『日中の懸け橋』に、少しでもなれば望外の喜びである。12月末には、中国医科大学から、副学長をはじめ4人の来訪が順天堂大学にあり、筆者は理事長室で、面談する貴重な機会が与えられた。「北京大学と中国医科大学」との交流は、2017年の忘れがたき想い出となった。

筆者は、『日本国における公害病』の紹介した。1878年の『足尾鉱毒事件』から、2012年の『胆管がん問題』まで、53件を提示した。特に、四大公害病『イタイイタイ病、水俣病、四日市ぜんそく、第二水俣病』さらに、筆者の研究テーマでもある『クボタショック』の『アスベスト・中皮腫』に付いて、説明した。今後、論文にまとめる機会に繋がる可能性が出てきた。日中医学プロジェクトが、推進できれば、最高である。まさに、新訂版『われ21世紀の新渡戸とならん』(2018年1月20日発行日予定)はタイムリーで「国際教養」でもあろう。

「ダイヤモンド・プリンセスで航く、ゴールデンウイーク クルーズ(2018年4月28日〜5月2日)」で、『人生から期待される生き方〜あなたは
そこにいるだけで 価値のある存在〜』の企画の提案を頂いた。驚きである。筆者は、船内で『がん哲学 〜 人生ピンチヒッター 〜』、『がん哲学 〜
空っぽの器 〜』の2回の講演とのことである。全長290mで、乗客定員2706人で、企画条件は、最少催行人数15名とのことである。本当に、実現すれば、歴史的大事業ともならう。

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