vol.10 内科と外科
臨床医学の大きな区分として内科と外科があります。内科系としては、各臓器別内科、総合内科、腫瘍内科、小児科、精神神経科(心療内科、こころの診療科)などが含まれます。外科系は臓器別外科、小児外科、整形外科、形成外科、眼科、耳鼻咽喉科、産婦人科などがあります。外科系は手術というアプローチができることが最大の特徴です。その手術も内視鏡を駆使した低侵襲性手術が発達しています。私が患者さんの腹部を診察すると、以前の手術を受けた患者さんの腹部には大きな手術瘢痕がありますが、最近の内視鏡手術を受けた患者さんの腹部には、ほとんどわからないくらいの小さな手術瘢痕があるのみです。当然侵襲が少ない手術では、術後の回復が早く、日常生活に早く復帰できます。
私は以前の職場で外科医と外来や病棟で一緒に働いていたので、外科医にいろいろなことを教えて頂きました。内科と外科では共通の部分があり、内視鏡なども両者で同様に施行します。外科医は手術中はもちろん、その前後のさまざまな注意が必要で、緊急事態への対応も多いです。内科医から見ていても、本当に大変な業務内容です。しかし、自分の手で病巣を切除して完治に至る過程を達成する喜びは格別でしょう。
内科医は患者さんやご家族との会話を重ねながら診断や治療(主に薬物療法)へと進み、その後の経過観察があります。外科医と比べて地味な診療内容かもしれませんが、医療の基本が内科診療の中にあります。ウイリアム・オスラーはその著書「平静の心」で「外科医が技術的な即断即決を必要とするのに対し、内科医は長期的な観察・思索・患者との関係構築に重きを置く職能である」と位置付けています。内科医には「平静沈着」「広い視野」「思考の柔軟さ」が必要だと述べています。
がん医療では、内科医と外科医が協力して患者さんの治療・ケアに当たっています。江戸時代の医師華岡青洲(1760-1835)は外科医でしたが、「内外合一」を唱え、外科治療を行う際も内科的に患者の全身状態を把握した上で治療すべきであるとしました。
私の場合は、乳腺外科や消化器外科の医師からとくにがんサポーティブケアのために紹介されることが多いです。そのときには、まず立って患者さんやご家族に挨拶します。そして診察時にはできるだけ患者さんの方を向いて同じ目線で話します。多くの患者さんは不安を抱えて診察室に入ってこられますが、それを受け止め、よく説明し、できるだけ患者さんに「手を当てて(てあて)」、丁寧に診察することを心がけています。このような診察は漢方診療にも大切なことで、漢方処方を決めるときには必須です。そして今後も支えていきますよと笑顔で次回の予約をして、患者さんの肩や背中に触れて診察を終わります。患者さんから「今日、この病院に来て良かった」と言ってもらえた時には臨床医として最高の喜びを感じます。
vol.09 人生の北斗七星
私たちは誰でも職場・家庭・社会においてさまざまな役割を持って日々暮らしています。そしてその役割はばらばらのように見えますが、同じ一人の人間のやることはどこかでつながっています。さまざまな経験をした者にしかできないことがあります。私はこれを「人生の北斗七星」と名付けています。それぞれの星は実際にはつながっていませんが、私たちが北斗七星として繋げて見ています。
私の場合は、医師として病院で働いていますので、診療が主になります。以前は大学病院に勤務していましたので、診療が中心ながらも学生や若手医師の教育、研究活動、大学の講座主任としての管理運営などがありました。家庭においても夫・父親・子供としての年代ごとの立場があります。両親はすでに他界しており、子供は独立しておりますが、折に触れてその立場・役割があることを実感します。
社会的には学術団体である各種学会で、若いときには無縁だったいろいろな役職を拝命しています。その際には、嬉しいこともありますが、ときに人間関係に悩んだり、各種の調整が必要なことがあり、悲喜こもごもです。そして、多くの経験を積み、さまざまな人に出会い、自分に与えられた役割があることに気付きます。また、各学会は自分にとってつながっており、若いときに種を蒔いた成果としての現在があることを実感します。「がん」と「漢方」は遠い関係に見えますが、「がんサポーティブケアに漢方を」という立場からは密接な関係と言えます。
いろいろなお役があって大変だなと思うときには、「自分にしかできないマルチタスクで前進!」と感謝して、一歩一歩進んでいきたいものです。「上を向いて歩こう」の歌のように星空を見上げて、「人生の北斗七星」に思いをはせるのは良いものです。
イラスト:徳島大学教授(がん看護学)今井芳枝先生作
vol.08 大きなTの字
アルファベットのTの字は横棒と縦棒からなりますが、これを人間の成長・活動にたとえた言葉として私が大学1年のときに教わりました。横棒は人としての品格・教養・社旗人としての素養、縦棒は専門的な知識・経験・技術(技[わざ])です(図参照)。横棒には音楽や文学、コミュニケーション力など、専門にかかわらず誰もが身につけたり、楽しむことが含まれます。まさに豊かな人生のための活動です。横棒が短い人生は何と寂しいことでしょう。医療にあてはめると、医師として患者さんと接する際に、この横棒が長いと、いくらでも話すことができますし、いろいろな人に対応できます。患者さんにとっても「この医師は本当にいろいろなことに造詣が深いなぁ」と、思わず心を開いてくれるでしょう。縦棒は説明するまでもなく、何かの専門家として生きていくためには、「このことについては何でも聞いてくれ」と言えるくらいの勉強が必要です。さまざまな経験を積んでこそ真の専門性が身につきます。こうして、「人生どこまで大きなTの字になれるか」を目標に生きるのは、大きな励みになります。このコラムのテーマである「がんと漢方」においても、Tの字の考え方は重要です。同じ一人の人間が両方のTの字を重ねて大きくしていくイメージでしょうか。広い視野を持ち、深い専門性を持った存在になりたいものです。



