一般社団法人がん哲学外来

コラム:Dr.Motooの哲学こらむ“がんと漢方”

文責・元雄良治/監修・宮原富士子

vol.12 早し良し

がんサポーティブケアの米国国立がん研究所の定義は、「がん患者が治療を受ける際の種々の副作用を軽減し、さらに心身・社会的・スピリチュアルな問題にできるだけ早期に対応して、各治療がその効果を最大限に発揮できるようにするためのすべての医療行為を指す」となっています。

この「できるだけ早期に対応する」というフレーズから私は「未病を治す東洋医学」を連想しました。とくにがん薬物療法の副作用は重症になってから対処したのでは、ほとんど効果はありません。できるだけ早期に副作用の発現を予知して、可能なあらゆる手を打つべきです。とくに現代西洋医学で対処法のない副作用、たとえば末梢神経障害(手足のしびれ・痛み)は、もともと有効な対処法のない症状ですが、神経障害性疼痛として、その治療薬が使われることが多いです。ただし、眠気やふらつきなどの副作用が出ることがあります。一方、漢方製剤の牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)には「しびれ」の効能・効果があり、糖尿病性末梢神経障害などにも使われてきました。現在でもがん薬物療法で頻用されるパクリタキセルは末梢神経障害を起こしやすい抗がん剤です。

これまでにパクリタキセルによる末梢神経障害に対する牛車腎気丸のいくつかのランダム化比較試験が発表されています。最近では薬物療法の開始1週間前から牛車腎気丸を開始すると末梢神経障害が軽減し、終了後6ヶ月時点での末梢神経障害の残存率が減ることがわかりました。

このように早く漢方を使うことで重篤な副作用の軽減、重篤化予防などが得られる可能性が科学的に証明される時代になりました。ただし、予防的に漢方製剤を使うことは保険診療では原則できないので、たとえば牛車腎気丸であれば、腰痛・頻尿・冷え症などの、効能・効果に挙げられている症状がないかを問診によって確認する必要があります。これらの一つでもあれば牛車腎気丸を使えます。実際には担当医にご相談下さい。「早し良し」という言葉がありますが、漢方診療ではとくにその重要性が再認識されます。

vol.11 こころにも届く漢方

がん医療では、身体症状の緩和が主になる場合が多いですが、精神症状(心 [こころ]の症状)は身体症状と並んでまさに両輪とも言える重要な問題です。漢方医学には「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉があります。こころとからだは切っても切れない関係であり、こころがからだに、からだがこころに影響します。ある問題に悩んでいると食欲がなくなったり、痛みがつらいと気分が落ち込みます。漢方医学で扱う「気血水(きけつすい)」のうち、物質的な血と水は、気がないと動きません。漢方がこころの問題にも対応できることを知らない人もいることでしょう。漢方薬の他に鍼灸もこころに届きます。

こころの問題には、陽性症状として怒りやイライラがあり、陰性症状としてうつや不眠などがあります。漢方ではこれらの症状に対する処方がいろいろとあります。

陽性症状に用いられる漢方処方では抑肝散(よくかんさん)が有名です。ここでの「肝」は肝臓ではなく、漢方では感情の調節中枢を指します。元来は乳幼児のむずかり・夜泣きの薬でしたが、その後、成人に応用され、怒りや興奮に用いられてきました。抑肝散が乳がん患者の手術前後の不安感の軽減に有効であることがランダム化比較試験で検証されています。さらに、応用処方としては、胃腸虚弱には抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)、多愁訴で月経周期に関連すれば加味逍遙散(かみしょうようさん)、発作的な感情の高ぶりには甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)(頓服)、体力があり、のぼせや熱感を自覚する場合には黄連解毒湯(おうれんげどくとう)などがあります。

一方、陰性症状については、不安・うつには半夏厚朴湯(はんげこうぼくとうう)、身体的疲労や貧血があれば加味帰脾湯(かみきひとう)が基本処方です。さらに応用処方として、うつ症状が主であれば香蘇散(こうそさん)、疲れているのに眠れない場合は酸棗仁湯(さんそうにんとうう)などが用いられます。

このように「心にも届く漢方」があることを知って頂き、からだとこころのバランスを取りながら、毎日の生活を少しでも快適に過ごしたいものです。

vol.10 内科と外科

 臨床医学の大きな区分として内科と外科があります。内科系としては、各臓器別内科、総合内科、腫瘍内科、小児科、精神神経科(心療内科、こころの診療科)などが含まれます。外科系は臓器別外科、小児外科、整形外科、形成外科、眼科、耳鼻咽喉科、産婦人科などがあります。外科系は手術というアプローチができることが最大の特徴です。その手術も内視鏡を駆使した低侵襲性手術が発達しています。私が患者さんの腹部を診察すると、以前の手術を受けた患者さんの腹部には大きな手術瘢痕がありますが、最近の内視鏡手術を受けた患者さんの腹部には、ほとんどわからないくらいの小さな手術瘢痕があるのみです。当然侵襲が少ない手術では、術後の回復が早く、日常生活に早く復帰できます。
 私は以前の職場で外科医と外来や病棟で一緒に働いていたので、外科医にいろいろなことを教えて頂きました。内科と外科では共通の部分があり、内視鏡なども両者で同様に施行します。外科医は手術中はもちろん、その前後のさまざまな注意が必要で、緊急事態への対応も多いです。内科医から見ていても、本当に大変な業務内容です。しかし、自分の手で病巣を切除して完治に至る過程を達成する喜びは格別でしょう。
 内科医は患者さんやご家族との会話を重ねながら診断や治療(主に薬物療法)へと進み、その後の経過観察があります。外科医と比べて地味な診療内容かもしれませんが、医療の基本が内科診療の中にあります。ウイリアム・オスラーはその著書「平静の心」で「外科医が技術的な即断即決を必要とするのに対し、内科医は長期的な観察・思索・患者との関係構築に重きを置く職能である」と位置付けています。内科医には「平静沈着」「広い視野」「思考の柔軟さ」が必要だと述べています。
がん医療では、内科医と外科医が協力して患者さんの治療・ケアに当たっています。江戸時代の医師華岡青洲(1760-1835)は外科医でしたが、「内外合一」を唱え、外科治療を行う際も内科的に患者の全身状態を把握した上で治療すべきであるとしました。
 私の場合は、乳腺外科や消化器外科の医師からとくにがんサポーティブケアのために紹介されることが多いです。そのときには、まず立って患者さんやご家族に挨拶します。そして診察時にはできるだけ患者さんの方を向いて同じ目線で話します。多くの患者さんは不安を抱えて診察室に入ってこられますが、それを受け止め、よく説明し、できるだけ患者さんに「手を当てて(てあて)」、丁寧に診察することを心がけています。このような診察は漢方診療にも大切なことで、漢方処方を決めるときには必須です。そして今後も支えていきますよと笑顔で次回の予約をして、患者さんの肩や背中に触れて診察を終わります。患者さんから「今日、この病院に来て良かった」と言ってもらえた時には臨床医として最高の喜びを感じます。

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