一般社団法人がん哲学外来

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21世紀のがん哲学 樋野興夫
〜すこしの時間ご一緒しませんか?
ちょっと立ちどまり、一息つき、考えるときを持ち、歴史人に思いをはせる~

第34回 『真の国際人』〜 幅の広さ & 弾力性に富む & 洞察と識見のひらめき 〜

2024年11月28日千葉県柏市 柏地域医療連携センターでの『柏がん哲学外来』(担当者;『がん哲学外来あびこカフェ』代表:中野綾子氏)に赴いた。スタッフの皆様とは昼食の時を持った。『勝海舟(1823-1899)・新島襄(1843–1890)・内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)・南原繁(1889-1974)・矢内原忠雄(1893-1961)』と『マッチ売りの少女』(1848年出版)の童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen 1805-1875)で、大いに話しが盛り上がった。 スタッフの皆様の『心温まるおもてなし』には、ただただ感謝である。

その後、【⽇中医学協会2024年度第2回広報委員会】にzoom参加した。 想えば、筆者は、北京大学で講演を依頼され、北京大学出版社から中国語訳が出版(2017年;添付)された。 昨年(2023年10月31日)は、【韓国のミョンジ(Myongji)大学での『第1回 メディカルカフェ in ソウル:樋野興夫博士招待』に赴いた。 今年(2024年10月17日)は、『1周年記念シンポジウム』が企画され、講演『がん哲学 と がん哲学外来 〜 真の国際人 〜』の機会が与えられた(添付)。

新渡戸稲造は国際連盟事務次長時代に、『知的協力委員会』を構成し知的対話を行った。 そのメンバー中には、当時の最高の頭脳を代表するアインシュタイン(1879年-1955)、キュリー夫人(1867-1934)もいたことは特記すべきことである。 今こそ 国際貢献として、『21世紀の知的協力委員会』の再興の時である。『他人の苦痛に対する思いやり』は、医学、医療の根本である。 Hope(希望)、Assistance(協力)、Support(支援)の頭文字=haveの3人称(has)=『持っている、身につけている、与えられている』の学びの日々である。

『医師の2つの使命』
(1)『学問的、科学的な責任』で、病気を直接治療する
(2)『人間的な責任』で、手をさしのべる。

『医療から見た社会維新の5ヶ条』
(1)『明晰な病理学的診断』
(2)『冷静な外科的処置』
(3)『知的な内科的診療』
(4)『人間力のある神経内科的ケア』
(5)『人間の身体に起こることは、人間社会でも起こる=がん哲学』

『真の国際人の3ヶ条』
(1)幅の広さ
(2)弾力性に富む
(3)洞察と識見のひらめき

【われ21世紀の新渡戸『日本海 (中国 & 韓国 & 日本) の懸け橋』とならん】の時代的到来ではなかろうか!

第33回 『純度の高い専門性と社会的包容力』 〜 賢明なリーダー & イニシアチブ 〜

2024年11月26日は、【福島県立医科大学附属病院 臨床腫瘍センター がん相談支援センター】での、『吉田富三(1903–1973)記念 福島がん哲学外来』に赴く。 順天堂大学病院の外来で『がん哲学外来』が開設(2008年)された翌年(2009年)に福島県立医科大学で『吉田富三記念 福島がん哲学外来』がスタートされた。

【吉田富三は、福島県浅川町生まれの病理学者。『吉田肉腫』及び『腹水肝がん』の発見で世界的に知られ、文化勲章を受けた。 学者としてのみならず、がんという病気を通じて 社会の原理にまで言及する言葉を多く残す。

福島県出身の世界的病理学者 吉田富三博士を記念して、博士の孫弟子である樋野興夫先生が『福島がん哲学外来』を開設しました。 がんと共に生きる患者/ご家族の思いや悩みをともに考える“心の診察室”です。『がんと共に生きる意味やコツを 樋野先生が先人達の知恵を紐解き 一緒に考えます。』】とチラシには紹介されている。 ただただ感謝である。

筆者の癌研時代の恩師 菅野晴夫先生(1925-2016) は、吉田富三の愛弟子である。 菅野晴夫先生の下で、2003年『吉田富三生誕100周年記念事業』を行う機会が与えられた。 また菅野晴夫先生は、南原繁(1889-1974)が東大総長時代の医学部の学生であったので、『南原繁の風貌、人となり』を病理組織標本を顕微鏡で診断しながら教わった。 それが、【『吉田富三の生物学』と『南原繁の人間学』を合体】して 『がん哲学=生物学の法則+人間学の法則』に繋がった。【『勇気と決断の士』&『自分は 病理学者としては とてもフォーマルな病理学者とは言えない、 インフォーマルな病理学者であり、インフォーマルな人間である』&『優れた資質が 英才教育によって磨かれ、大形の花を咲かせたものと思われる』】が、『言葉の処方箋』になったものである。『吉田富三・菅野晴夫 = 賢明なリーダー & イニシアチブの人物』であり、筆者とって 癌研時代の菅野晴夫先生との邂逅は『貴重な生涯の贈り物』となった。

【電子計算機時代だ、宇宙時代だといってみても、人間の身体のできと、その心情の動きとは、『昔も今も変わってはいない』のである。 超近代的で合理的といわれる人でも、病気になって自分の死を考えさせられる時になると、太古の人間にかえる。 その医師に訴え、医師を見つめる目つきは、超近代的でも合理的でもなくなる。 静かで、淋しく、哀れな、昔ながらの一個の人間にかえるのである。 その時の救いは、頼りになる良医が側にてくれることである】(吉田富三の言葉)(添付)が『がん哲学外来』の原点でもある。

『がん哲学外来』は【『純度の高い専門性と社会的包容力 〜 病気であっても、病人ではない 〜』社会構築を目指す】ものである。 今年(2024年)は、『吉田富三記念 福島がん哲学外来』15周年である。 来年(2025年2月5日)、【『第10回臨床腫瘍セミナー』:『丁寧な大局観 〜 風貌を見て、心まで診る 〜』】が予定されている(添付)。

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