ことばの処方箋 これまでの“ことばの処方箋”
幸福への道は一つしかない。 それは自分の力ではどうにもならないことについて 悩むのをやめることである 古代ギリシャの哲学者エピクテトスの言葉。 何かを成そうとして努力をすることが大事なだが、 この世にはどうにもならない事柄は確かに存在する。 そのことを悟り、進むべき道を切り替えることも、実は必要だと説いている。 人は繰り返しによってつくられます。 ですから、優秀さとは行為ではなく、習慣なのです。 プラトンと並ぶ古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉。 勉強や仕事ができる人のことを、僻む人たちは必ず存在します。 しかし、優秀といわれる人たちは最初からそうではなく、 日々、優秀さに近づくために謙虚な心をもって努力を習慣的に重ねているのである。 大体に、心に平安のある者は、病気になってもすぐよくなる。 よくならないにしても軽い。 肺病にかかっても、病気を苦に病まない。 即ち病気にかかっても少しも心配しない。 キリスト教社会運動家で作家として活動した賀川豊彦の言葉で、 幾多の社会奉仕活動の中でも関東大震災の時に残した言葉。 賀川は、子ども時代に結核にかかり死にかけた経験があり、 その経験上、「仮眠(昼寝)の重要性」を強く説いた。 「人生には休みが要る。休みも人生芸術の一部である。 睡(ねむり)もまた私にとっては芸術である」という言葉は、 がんなどの病気は人生の休みというがん哲学外来の教えに通じる。 自分に嘘をついて好かれるくらいなら、 ありのままの自分で嫌われた方が良い。 「狭き門」などの著書をもつフランスの大作家アンドレ・ジッドの言葉。 現代社会では社会に適応するために本当の自分をさらけ出すことは難しい。 まして、好人物に思われたいと思う場合は、自分のマイナスイメージはだしにくいものである。 ありのままの自分で生きることの難しさと爽やかさを言いえている。 誰かに深く愛されれば強さが生まれる。誰かを深く愛すれば勇気が生まれる。 古代中国の思想家・老子は、自然の調和と無為自然の生き方を提唱した。 見返りや代償をもとめず、愛した人の幸福を一番に考えるという愛の崇高さを言いえている。 本当の愛を知った人は精神的な強さや勇気、そして結果にかかわらず心の平穏を得られると説いている。 神様は私たちに成功を求めているのではありません。 神様は私たちに挑戦することを求めているだけなのです。 カトリック教会修道女のマザー・テレサの言葉。 必要とする人のためにはすぐにどこへでも訪れ支援した偉人は、 「愛の反対は無関心」と説き生涯を奉仕活動に尽くした。
既にとりあげた「小さなことに愛を込める」同様、心(愛)をこめて行動(挑戦)することが 他者への愛に繋がり、行為の結果は後からついてくるものだと教えている。 今あるものに満たされない者は これから欲しいものにも満たされない 古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉。 人間の欲望は際限なく、過度にモノや人などに執着することの怖さを言い当てている。 日々、感謝の心をもつことによって、欲望の誘惑に打ち勝つことができ、 結果として平穏さを保つことができる。 恨みを持つことは、自分が毒を飲んで 敵が死ぬことが期待するようなもの 不屈かつ寛容の精神を持ち続けたネルソン・マンデラの言葉。 南アフリカ史上初の黒人大統領をつとめた黒人解放運動指導者ネルソン・マンデラは、 国家反逆罪などで終身刑の判決をうけた結果、27年間という長きに渡り獄中生活を余儀なくされた。 他者から嫌なことをされると腹がたつものだが、だからといって執着せず、相手を許すことが重要。 言うまでもなく、自分のために許すのである。 怒りから解放されない心はいつまでも癒されず、やがて恨みという感情にかわっていく。 つまるところ、自分で自分を苦しめる結果となるのである。 【病気を育てる人】 病気、悲惨、苦悩といったものは否定的な精神態度によっておきますが、 これは何でも否定的、消極的に考えた人の 心構えが養い育てたものです。 精神法則に関する世界的権威者で教育者・講演者の故ジョセフ・マーフィー博士は潜在意識の活用で有名。 「あなたを成功へ導く568のことば マーフィー名言集」より転載。 最高の治療をしても、心配ばかり、医師のいうことをきかない(信じようとしない)患者は 「治りたがらないタイプ」に属する。概して、そういう患者は回復力が遅い。 病気やケガから一刻もはやく回復したいならば、 まず、悲観的に考えることをやめ、回復することを想像することが大事。 本心を打ち明ける友人をもたない人々は、 自分自身の心を食べる食人種である。 イギリスの哲学者・神学者・法学者・政治家のフランシス・ベーコンの言葉。 人間は独りでは生きていけない生き物。 それだけに心をさらけ出して本音でつきあえる友人をもつことが大事。 そういう得難い友人をたくさん持つことで、人生は実り豊かなものになる。 ロバに蹴られても怒らない ロバは愚鈍の象徴として捉えられている動物だが、聖書ではキリストが乗ったことから賢なる動物ともされる。 他者に何をされても怒らない態度。 宮澤賢治の「雨ニモマケズ」のモデルになったと言われている斎藤宗次郎の生き方、 「慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラッテヰル」に学ぶ。 斎藤宗次郎は内村鑑三の弟子。 砕けたる心、小児のごとき心、有のままの心 「基督信徒のなぐさめ」(内村鑑三著)第六章に書かれている言葉。 内村鑑三が人生のなかで経験したつらく苦しい状況のなかで、キリスト者として得たなぐさめについて書かれている。 神は見返りとしてささげものを要求されることはないが、困難な状況にある人は「汝の心をささげよ」と書かれている。
困難な状況にある人は、つらく苦しいそのままの心でいてよい。 メディカルカフェなどで寄り添う人が必ずいる。 無頓着に大胆になる 無頓着とは、仏教用語で欲望のままにものごとに執着するという意味の「貪着」を否定した言葉。 ものごとを深く気にかけないこと。大胆とは、ものを恐れない度胸があること。 普通と違った思い切ったことをするさま。 人生において、今までと同じでは立ち行かなくなったとき、思い切って執着を手放す。 パラダイム・シフト。考え・ものごと・人間関係などを断捨離するととらえてもよいかも。 人の話を聞く耳を持つことは大事です。 もし身の上相談を受けたら、一生懸命聞いてあげればいいのです。 答えはいりません。ただ聞いてあげればいいのです。 作家で僧侶の故・瀬戸内寂聴の言葉。 瀬戸内寂聴は、「瀬戸内晴美」という流行作家であったが、 私生活でも常に話題になった革新的な生き方を貫いた女性として有名。 人気絶頂の時に出家し、作家と宗教家の二足のわらじで人生をかけぬけた。 その時々で発信した言葉は、人生につまずいた女性たちの心をとらえ支持された。 がん哲学外来で重要視される「傾聴」の必要性を説いている。 【心の運河】抑圧された感情は肉体的な病気となってあらわれてきます。 つねに悪い感情を流す心の運河を意識しなさい。 自分の好ましくない感情が、 その運河にのって流されていく姿を思い浮かべなさい。 精神法則に関する世界的権威者で教育者・講演者の故ジョセフ・マーフィー博士は潜在意識の活用で有名。 「あなたを成功へ導く568のことば マーフィー名言集」より転載。 人はみな、気が付かない抑圧された感情をもっているものです。 その感情から目をそらさず、自分の心に語りかける必要があります。 苦しみは人間を強くするか、それとも打ち砕くかである。 その人が自分のうちにもっている資質に応じて、 どちらかになる。 スイスの法学者・哲学者・政治家・文筆家で、「幸福論」の著者であるカール・ヒルティの言葉。 人間は、不運や不幸を乗り越えることで生きる力をつけ成長していくものだが、不幸に負けてしまう人間も存在する。 それは、生まれてきた者が生来もっている根源的な性質によるものである。 人間のすべての性質のなかで、嫉妬はもっともみにくいもの、 虚栄心はもっとも危険なものである。 心の中のこの二匹の蛇から逃れることは、 すばらしくこころよいものである。 スイスの法学者・哲学者・政治家・文筆家で、「幸福論」の著者であるカール・ヒルティの言葉。 人が生きていく上で嫉妬心や虚栄心に苛まれることの虚しさや愚かさをストレートに表現したもの。 誰にでもおこりえる負の感情だけに、指針にしたい言葉。 自分の好きなことをしたら、自分の選んだことだから、 責任を持たなきゃいけない。泣き言を言っちゃいけない。 作家で僧侶の故・瀬戸内寂聴の言葉。 自由な選択には、必ず、男女とわず責任がついてくるという意味。 瀬戸内寂聴は、「瀬戸内晴美」という流行作家であったが、 私生活でも常に話題になった革新的な生き方を貫いた女性として有名。 人気絶頂の時に出家し、作家と宗教家の二足のわらじで人生をかけぬけた。 その時々で発信した言葉は、人生につまずいた女性たちの心をとらえ支持された。 自由奔放ともいえる生き方をしただけに、発信した言葉は重みをもつ。 自己に頼るべし、他人に頼るべからず 日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者であった内村鑑三が残した「成功の秘訣」の名言。 他人に頼ってばかりの生き方は他人の顔色ばかりうかがいながら生きることなので、よくない。 他人をあてにせず自分の力で道を切り開くことこそ意義がある。 不連続の連続の成長 「人の成長は階段を昇るごとし」「がんの成長は階段を昇るごとし」 「癌細胞に起こることは人間社会にも起こる」吉田富三 日々の成長以外に、何かにハッと気づくことで一段階段を昇ったような気もちになることがある。 サマリアの女 聖書の「サマリアの女」になぞらえて、 「顔立ちは変えられないが、顔つきは一夜にして変えられる」 ロバに蹴られても怒らない ロバは愚鈍の象徴として捉えられている動物だが、聖書ではキリストが乗ったことから賢なる動物ともされる。 他者に何をされても怒らない態度。宮澤賢治の「雨ニモマケズ」のモデルになったと言われている。 斎藤宗次郎の生き方、「慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラッテヰル」に学ぶ。 斎藤宗次郎は内村鑑三の弟子。 「悲しい時は私たちのところへいらっしゃい、 いっしょに泣きましょう。・・・」 勝海舟の妻・勝民子の言葉。勝海舟は幕末の動乱期に多大な功績を残したが、そのエネルギーは私生活でも相当なもので、 本妻の民子の他に妾を数人もち、彼女たちにうませた子どもも数人いた。 妻の民子は文句もいわず分け隔てなく面倒をみたといわれている。 勝海舟と長崎の女性との間にできた息子・梅太郎と結婚したアメリカ人女性がクララ・ホイットニーといい、 この女性は日本での生活を日記風にまとめており、「勝海舟の嫁 クララの明治日記」というタイトルで中公文庫から出ている。 この書物の中に、クララが母国にいる母親を亡くし悲嘆にくれている時、民子がクララに対して優しく言葉をかけたとある。 がん哲学外来が重んじている寄り添い方の基本といえる。 種を蒔く人になりなさい 困難な事柄だからといって諦めないで、解決するための行動を起こす(=種をまく)ことで、 たとえそれが生きているうちに達成できなくても、誰かのためになり大きな成果となることがある。 この世に無駄なことなどひとつもない。 解決はしなくても解消はできる。 「がん哲学外来」創始者の樋野興夫氏が、「コロナを生きる言葉集」の中で発信した言葉。 いつもついつい考えてしまう悩み事はなくなるものではないが、その優先順位を下げて問わなくなることによって、 それまで自分を不安にさせていた悩みは解消するという考え方。 「3本の木」 作者不詳の民話が「3本の木」(いのちのことば社)から絵本化され、読み継がれているお話し。 遥か昔、ある山の頂に3本の木が育っていた。 木々たちはそれぞれ大きく育ったら何になりたいか夢をもっていた。 やがて、すくすくと成長した木々たちは切り倒され、人間の思いのままに使われていった。 それは、木々たちが夢見たものとは違っていた……。 しかし、時がたち、夢をかなえることができなかった三本の木は、 思い描いていた夢とは違うものの納得のいく使われ方をしたのだった。 つまり、夢がかなわなかったといって悲嘆するのではなく、 悲しみの中でも新しい自分を見出し自分を大切にして生きていくことの大事さを説いている。 深い川は静かに流れる。 深い川の流れは浅い川のように水音をたてないことから、 分別のある思慮深い人は、悠然と構えていてやたらに騒いだりしないという意味。 がんなどの病気になった時の心構えとして参考になる。 世間の風霜に打たれ、人生の酸味を嘗め、世態の妙を穿ち、人情の微を究めて、 しかる後、共に経世の要務を談ずることが出来るのだ(勝海舟) 勝海舟の言葉。世の中にはいろいろな試練がある。 その中で様々なことを知り、人とつながり、研鑚を積んでゆく。 人様のための仕事をするには、これらの日々の鍛錬が必要なのかもしれない 馬から下りて花を見る 〈Get off the horse and look at the flowers.〉 かつて侍たちは村を通る際、馬の上から村民を見下ろしていた。 力のあるものが、力の無いものを支配する。 それは今の世の中でも常時どこでもおきていて、 これを読むあなたの行動もそう見えることもあるかもしれない。 そこに気づき、相手と話すときに相手と同じ視点、 同じ視野でものを見直してみよう。 世の中は大きく変わって見えるようになるのではないか。 苦しみが品性を磨く 〈Suffering helps shape a character.〉 病にかかること、生活の上で辛酸をなめること、悔しいこと、たくさんのことが人生におきてくる。 そのときはとても苦しいものであるが、そのことを真摯に受け止め、生きてゆくことで、 人間らしさや品性が磨かれてゆくものではないだろうか。 そのほか関連情報