第46回 『静かに信頼する』〜 『力を得る』 〜
2025年2月4日午前 研究科研費の審査評価会に出席した。 大変勉強になった。 1984年癌研時代 日本で最初のHBV DNA integration の論文が鮮明に思い出された。
Hino O.,et al.: Detection of hepatitis B virus DNA in hepatocellular carcinomas in Japan. Hepatology 4: 90-95, 1984
午後は、第121回『メデイカル・カフェ@よどばし』(淀橋教会に於いて)に赴いた(添付)。 【がん哲学外来とは、がんと告知されてから、あなたが考える『悩み・不安・想い・願望』などを 直に聴いて『解消できる道』を一緒に探し『医療の隙間』を埋める活動です。がんを患うご本人だけでなく、支えられている家族の方々の相談も行います。 今や世界的にも注目されている『がん哲学外来メディカル・カフェ』
是非どなた様も、お気軽にご参加ください。】と紹介されてる。
市川牧子先生の司会で進められた。 恒例の『365日の紙飛行機』(作詞:秋元康,作曲:角野寿和・青葉紘季)の熱唱で始まった。 『人生は紙飛行機 — その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか それが 一番大切なんだ』 & 『いつの間にか 飛ばせるようになる それが 希望 推進力だ』の歌詞が、今回も心に沁みた。
『がん哲学外来の基本理念』は、【『良きサマリア人のたとえ』(ルカの福音書10章25〜37節)&『愛は近きより(Charity begins at home)』。 『筆者の読書遍歴は、内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862〜1933)・南原繁(1889〜1974)・矢内原忠雄(1893〜1961)』である】と語った。『ビジョン』は人知・思いを超えて 進展することを 痛感する日々である。『役割意識 & 使命感』の自覚へと導く。
『偉大なるお節介症候群の実践・実例』を肌で感じた極めて充実した一時であった。
『立ち返って落ち着いていれば あなたがたは救われ 静かにして信頼すれば あなたがたは力を得る』(イザヤ30章15節)が蘇った。 中島みゆきの『糸』を熱唱して終えた。
縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
第45回 『高度な専門知識と幅広い教養』 〜 『理想とビジョンをつくり出す』 〜
2025年1月24日 病理診断業務に赴いた。 病理学は顕微鏡を覗きながら、大局観を持つことが求められる分野でもある。『森を見て木の皮まで見る』ことであり、マクロからミクロまでの手順を踏んだ『丁寧な大局観』を獲得する『厳粛な訓練』の場でもある。
その後、第242回南原繁研究会(日比谷図書文化館)にZoom参加する。 筆者は、2004年にスタートした南原繁研究会【初代代表、鴨下重彦 先生(1934年-2011年、東京大学名誉教授、国立国際医療センター名誉総長)、第2代代表、加藤節 先生(成蹊大学名誉教授)】の3代目の代表を2019年南原繁(1889-1974)生誕130周年を祝し、仰せつかった。
筆者の読書遍歴は【内村鑑三(1861-1930)・新渡戸稲造(1862-1933)・南原繁・矢内原忠雄(1893-1961)】であった。 南原繁は、内村鑑三と新渡戸稲造から大きな影響を受けた。 新渡戸稲造 校長時代の一高で学び、東大法学部に入学後、内村鑑三の聖書講義に出席するようになった。 東大卒業後、内務官僚から学者に転進し、ヨーロッパ留学を経て東大教授となり、戦後、東大総長に就任した。 教育改革に主導的役割を果して行く。
南原繁が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった二人の恩師から、南原繁の風貌、人となりを伺った。 【南原繁は『高度な専門知識と幅広い教養』を兼ね備え『視野狭窄にならず、複眼の思考を持ち、教養を深め、時代を読む 具眼の士』と教わった。 南原繁は『教養ある人間とは、自分のあらゆる行動に 普遍性の烙印を押すことであり、自己の特殊性を放棄して 普遍的な原則に従って行為する人間のことである』&『それは人間の直接的な衝動や熱情によって行動する代りに、つねに理論的な態度をとるように訓練されることである。』(南原繁著作集第三巻)& 『時代を動かすリーダーの清々しい胆力』としての『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』(南原繁著の『新渡戸稲造先生』より)】という文章が鮮明に思い出される日々である。
南原繁は、『国民の理想とビジョンをつくり出すのは、根本において教育と学問のほかにはない』とも書いている。 これが、筆者の『南原繁の学びの原点』である。