第115回 臨機応変に ~ 努力し続ける姿勢 ~
2026年1月6日 筆者の故郷(島根県出雲市大社町鵜峠)の島根県で、震度5の大地震が起こったとのニュースを聴いた。大いに心配した。 故郷は、日本海に面し、無医村で、現在では【人口34名、60%の空き家】である(添付)。 早速、『結構揺れましたが 今のところ被害はないようです。』との連絡を頂いた。 2024年元旦1月1日は、震度7の石川県の能登半島地震であった。『時代の波は 寄せては返す』を痛感する年始である。
【1933年3月3日には 三陸で地震の大災害があったと記されている。 その時、 新渡戸稲造 (1862-1933) は 被災地 宮古市等沿岸部を 視察したとのことである。 その惨状を 目の当たりにした 新渡戸稲造は『Union is Power』(協調・協力こそが力なり)と 当時の青年に語ったと言われている。】
【『自分より困った人に 手を差し伸べようとすれば、自らの役割が生まれ、逆境は むしろ順境になるのです』&『目的は高い理想に置き、それに到達する道は臨機応変に取るべし』&『最も必要なことは、常に志を忘れないよう 心にかけて記憶することである』(新渡戸稲造: 1862-1933)】& 【『機会をつくるのも、それを用いるのも、人であります』&『古いものには、まだ再活用される要素があるのである』(内村鑑三: 1861-1930)】が鮮明に蘇ってくる。 まさに【他を思いやり慈しむ心 & 努力し続ける姿勢 & 役割 & 使命】の復学である!
故郷の自宅で、父92歳(1921年1月24日~2013年5月5日)・ 母96歳(1923 年 2 月20 日~2019 年 6 月 3 日)安らかに天寿を全うした。 筆者は【誕生の年の母の元旦の夢が『富士山』であり、幼児の時から『富士山子』と母に励まされた。これが『愛情の原点』である。】(添付)
【Medical Village『メディカルビレッジ 』=1人の人間を癒す為には1つの村が必要である』= 医療の隙間を埋める = 医療の協働体】の時代的要請であろう。
第114回 人には使命がある ~ 世の中を少しなりとも善くする ~
2026年元旦は、筆者の故郷(島根県出雲市大社町鵜峠)から、訪問した姉とwifeと過ごした。 筆者の【父:樋野廉平(1921年1月24日~2013年5月5日) & 母:樋野壽子(1923年2月20日~2019年6月3日)】は、【現在では人口34名、60%の空き家の故郷】の島根県出雲市大社町鵜峠(うど)で、安らかに 92歳・96歳の天寿を全うした。【鵜鷺=(鵜峠 and 隣村の鷺浦)Medical Village『鵜鷺メディカルビレッジ=1人の人間を癒す為には1つの村が必要である』&『メディカルビレッジ=医療の隙間を埋める=医療の協働体』】の時代的到来であろう。
筆者が若き日に、教科書以外に読んだ、【親鸞(1173-1263)の『歎異抄』の『人種、性別、年齢、能力、貧富に関係なく、誰もが平等に「人間に生まれて良かった」と言える』、また、内村鑑三(1861-1930)の『後世への最大遺物』の『われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより 世の中を少しなりとも善くして 逝こうじゃないか』&『勇ましき高尚なる生涯 = 世の中への贈物としてこの世を去る』】が、2026年元旦、鮮明に蘇ってきた。
また、【『古いものには、まだ再活用される要素があるのである』(内村鑑三)&『最も必要なことは、常に志を忘れないよう 心にかけて記憶することである』(新渡戸稲造;1862-1933)】を痛感する年始である。
『人生に期待しない。人生から期待されていると考える』
『生きている限り、人には使命がある』
『自分の人生に潔く(いさぎよく)専念する』


