第123回 賢明な寛容 と 配慮ある 居場所 〜 メデイカルタウンのモデル 〜
2026年2月7日【<がん哲学外来>『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC(お茶の水クリスチャン・センター)』】に赴いた。 筆者は別室で4組の個人面談(5人)の機会が与えられた。 大変貴重な時となった。【『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』】は、東日本大震災(2011年3月11日)の年の暮れに創設準備がなされ、2012年に当時OCC副理事長であった 今は亡き榊原寛先生(1941-2020)が始められた。 筆者は『順天堂大学医学部 病理・腫瘍学教授』時代の2012年5月26日に第1回『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』に出席した。
2021年の夏に、OCC新副理事長の大嶋重徳先生のもと、対面でのカフェの重要性を強く認識し、新しい出会の再会にとなった。 スタッフの皆様は、真摯に担当され 毎月、ニュースレターを発行されている(添付)。 2024年7月20日には、【『OCCカフェ 12周年記念誌』(編集顧問:樋野興夫/ 編集長:山﨑智子/ 副編集長:青木美由紀/ 編集委員:大嶋重徳・ 岡内泰子・戸田裕子・新田幸代・増田謙・森尚子)】が発行された(添付)。 筆者は、編集長の山崎智子(まどろむ文鳥)先生から、原稿【賢明な寛容と配慮 〜 多様性のある居場所 〜 】を依頼された。
また、『青木美由紀(アライグマ)氏 & 森尚子(春風のようなゴリラ)氏』とは、2023年10月31日に【韓国のミョンジ(Myongji)大学での第1回 メディカルカフェ in ソウル】を訪問したものである。『日本と韓国の懸け橋 = OCCカフェ』を実感した『人生の忘れ得ぬ貴重なソウルの旅』となった。
今回、面談者に【人間は、自分では『希望のない状況である』と思ったとしても、『人生の方からは期待されている存在である』と深い学びの時が与えられている。 その時、『その人らしいものが発動してくる』であろう。 『病気であっても、病人ではない社会構築』が『人生に期待する』から『人生から期待される』生き方への変換である】と、さりげなく語った。『練られた品性 と 綽々たる余裕』は『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』の真髄である。 『ビジョンは 人知・思いを超えて進展する』を痛感する日々である。『がん哲学外来 〜 メデイカルタウンを追い求めて 〜』(2008年発行 to be出版)(添付)の『メデイカルタウンのモデル』が『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』であろう!
第122回 『人生 & 愛情 の 原点』 〜 『何故に』 & 『何の為に』〜
2026年2月3日 自宅から『雪の積もる富士山』を眺めた。 HP『心に咲く花会』を担当されている【『樋野動物園』管理人=『春風のようなゴリラ』(森尚子)様】からは【今朝の富士山です。 『富士っ子 樋野先生』】(添付)との心温まるメールを頂いた。 大いに感動した。
筆者は『富士山子』と呼ばれて育ったものである。【壮大な品格のある『富士山(3776m)』】の姿には、大いに心が慰められる。筆者の母(1923〜2019)の実家(島根県出雲大社町鵜峠: 出雲大社から、8キロほど、峠を越えて美しい日本海に面した小さな村:現在では人口34名、60%の空き家の鵜峠の海辺に行き、日本海を眺めながら、『何故に、この世に、生まれたのか ?』 & 『何の為に、この地で、生まれたのか?』を 深く静思したものである。 母に背負われて、隣の村の診療所に行った体験が、脳裏に焼き付いている。
母は、自宅に於いて、安らかに 96歳天寿を全うした。【筆者の誕生の年(1954年3月7日)の母の元旦の夢が『富士山(3776m)』であり、幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。】 これは、『愛情の原点』でもある!
鵜峠(うど)は、無医村で小学校も中学校も廃校になった。 父は、92歳で鵜峠の自宅に於いて逝去した(1921〜2013)。 父は婿養子で、貨物船やタンカーの機関長であった。 母の兄達は、太平洋戦争で戦死し、末っ子の母が家を継いだ。 そして、祖父 (1888-1972)から家を継いだ末娘(母)の3人の子供の末っ子の長男:筆者に『家を興(おこ)す = 樋野興夫 = ひのおきお = Origin of Fire』と命名されたと、膝に抱かれて聞かされた『幼年時代の想い出』が蘇ってくる。
母校の鵜鷺【鵜峠+鷺浦(さぎうら)=鵜鷺(うさぎ)】小学校、中学校は廃校になった。 故郷は無医村であり、幼年期、熱を出しては母に背負われて、峠のトンネルを通って、隣の村(鷺浦)の診療所に行った体験が、今でも脳裏に焼き付いている。 筆者は、『人生3歳にして医者になろう』と思ったようである。 小学校5年生の時 担任の先生から命令され、毎日、日記を書いて登校した。 それが、今の執筆に繋がったものである。『不連続の連続性=人生の原点』である。




