一般社団法人がん哲学外来

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21世紀のがん哲学 樋野興夫
〜すこしの時間ご一緒しませんか?
ちょっと立ちどまり、一息つき、考えるときを持ち、歴史人に思いをはせる~

第127回 励ましの言葉 〜 対話の場 & 出会いの場 〜

2026年2月26日『柏がん哲学外来』(千葉県 柏地域医療連携センター)に赴いた。 【がんの悩みを 病院の外で 心置きなく話がしたい 〜『がん哲学外来』は、がん患者、経験者、ご家族の為の対話の場です 〜 『がん哲学外来』を提唱された樋野興夫先生と ゆっくり語り合ってみませんか?】と紹介されている。 3組の個人面談の機会が与えられた。今回、『がん哲学外来・カフェ』を開設されたい面談者もおられました。大変貴重な時であった。次回は3月26日で、4月以降のチラシを頂いた(添付)。

『柏がん哲学外来』は、2009年当時の国立がんセンター東病院の病院長の江角浩安先生のお計らいで、柏の葉キャンパス駅隣接の国立がんセンター東病院の施設ビルで開始し、2016年 柏地域医療連携センターに移動して頂いた。 2008年 順天堂大学で『がん哲学外来』開設時に、【今は亡き『癌研所長:菅野晴夫(1925-2016)先生、国立がんセンター総長の杉村隆(1926-2020)先生、吉田富三(1903-1973)博士の長男で、NHKのプロデューサーであった吉田直哉(1931-2008)氏』】の御3人から『快挙であるとの励ましのお言葉』を頂いたことが、【『がん哲学外来』=『生きることの根源的な意味を考えようとする患者と、がん細胞の発生と成長に哲学的な意味を見出そうとする病理学者の出会いの場』】の継続となったものである。

終了後、『柏がん哲学外来』代表:中野綾子氏(『がん哲学外来あびこカフェ』代表でもある 可愛いピグミーマーモセット)、小林松栄氏(ハシビロコウ)、千葉県流山市の『ながれやま・がん哲学外』(代表:春日井いつ子氏: 達磨インコ)、東京都内の『がん哲学外来亀有メディカルカフェ』(代表:小暮信子氏)、多胡俊彦氏(みにくいアヒルの子)、岩城陽子氏(茶色いパンダ)、面談者を含め8人で大変有意義な充実した昼食会の時が与えられた。 多胡俊彦氏(みにくいアヒルの子)、岩城陽子氏(茶色いパンダ)と帰京の電車の中で貴重な会話となった。『柏がん哲学外来の歴史誌』を企画される予感がする。 早速、中野綾子氏より【本日は貴重なお時間をありがとうございました。 楽しいランチのひと時でした。 面談に来られた方も有意義な時間となったようです。 樋野先生、ありがとうございました。】との心温まる励ましのメールが送られてきた。 大いに感激した。

第126回  役割意識と使命感の自覚 〜 『人生は限りなきの 播蒔きなり』〜

2026年2月21日 筆者が理事長を務める【がん哲学外来市民学会】の『第23回つながるカフェ』Zoom ミーティングに参加した。『つながるカフェ』の事務局は【安藤潔(事務局長)、市村雅昭、片桐考子、丸山範子、森尚子、嶋田弥生】である。 嶋田弥生氏のユーモア溢れる名司会で進行された。今回のスピーカーは長野県佐久市の『ひとときカフェ』 の皆様であった。 まさに 『役割意識と使命感の自覚』の実践である!

『第1回がん哲学外来コーディネーター養成講座』(2011年12月17日、18日)が長野県佐久市で開催され、『佐久宣言』(2011年12月18日)が採択されるに至った。
1)『がん哲学外来市民学会』(Cancer Philosophy Clinic Association for the People) の設立
2)『がん哲学外来コーディネーター養成講座』修了証の発行

【『がん哲学外来市民学会』は『筆者は代表、顧問:柏木哲夫先生(金城学院大学学長/淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)・門田守人先生(厚生労働省がん対策推進協議会会長/がん研究会有明病院病院長)・垣添忠生先生(日本対がん協会会長/元国立がんセンター総長)』】でスタートした。『歴史的な船出』であった。 第1回『がん哲学外来市民学会』総会は、『農村医学』の発祥の地・『医療の民主化』を目指す『佐久市』で開催され、まさに、『救済の客体から解放の主体へ』の『市民の為の学会』であった。第1回『がん哲学外来市民学会』(2012年9月23日:佐久勤労者福祉センター)は、筆者が大会長を仰せつかり、長野県、佐久市、日本医師会、公益財団法人日本対がん協会、新聞社、テレビ局などの多数の『後援』も得られた。

思えば『がん哲学』提唱(2001年)—>『がん哲学』出版(2004年)—>『がん哲学外来』開設(2008年)—>『がん哲学外来研修センター』開設(2011年)—>『がん哲学外来コーディネーター養成講座』開催(2011年)−>『がん哲学外来市民学会』設立(2011年)の道のりであった。『人生は限りなきの 播蒔きなり、発芽も収穫も 天意にあり』(新渡戸稲造:1862−1933)を実感する日々である。

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