第62回 温かい視線 〜 医療の基本精神 〜
2025年4月16日、順天堂大学保健医療学部・診療放射線学科『がん医療科学』の授業に赴いた。テキストに【『がん細胞から学んだ生き方 〜 「ほっとけ 気にするな」のがん哲学』】(へるす出版2021年)(添付)を用いた。 今回、第1章『医療者としての原点』を音読しながら進めた。『背中に温かい視線を感じて』を説明した。
筆者は島根県の鵜峠という小さな漁村に生まれて育った。 出雲大社から八キロほど山を越えて日本海側に行ったところに鵜峠と鷺浦という二つの村があった。 鵜峠と鷺浦は合わせて学校名は『鵜鷺小学校』&『鵜鷺中学校』であった。 今は、共に廃校となった(添付)。現在の鵜峠は人口約34人で60パーセントが空き家のようである。
鮮明に憶えていることがある。 筆者が、1人で海に向かって石を投げて遊んでいると、いつも老人が、30メートルぐらい離れたところに黙って腰をおろしているのです。背中に老人の視線を感じながら、言葉を交わすこともなく遊んでいた。 きっと老人は、子どもが波にもっていかれないように見守ってくれていたのでしょう。【子ども心に『誰かが見ていてくれるだけで、人は安心する』】ことを学んだ。
『距離感を保って、そっと温かく心配してくれるやすらぎを 誰かに与えることが人生』だということを小さな村が教えてくれた。 この教えが現在の『がん哲学外来』に繋がった。もし筆者が都会で生まれ育ったシティボーイだったら、鵜峠の経験がなければ、『がん哲学外来の存在』はなかったかもしれない。『人生は不思議な不連続の連続性』を痛感する日々である。
また、日本最古の歴史書『古事記』にある物語『因幡の白兎』【兎は鰐鮫に『どれだけ仲間がいるか数えてあげよう』と声をかけて、鰐鮫を隠岐島から因幡国に並べた。そして並んだ鰐鮫の背中の上を渡って因幡の国に来ることができた。だけど最後の一匹の背中の上で『お前たちはだまされたのさ』と笑ったら、『怒った鰐鮫に毛をむしられてしまったのです』と泣きながら『大国主命』に話した。すると『大国主命』は兎の怪我を治した。大国主命は兎に『的確治療』をした。】も述べた。
約1300年前につくられた物語は『誰に対しても 公平な医療を提供するという 医療従事者の基本精神』を伝えているのであろう!
第61回 胆力の育成訓練 〜 ユーモアに溢れ心優しい人物 〜
2025年4月11日 病理組織診断業務を行った。 病理組織診断・顕微鏡観察は【風貌を診て、心まで読む = 癌細胞の病理と人間社会の病理 = 人生の根幹を追求する】分野である。 『がん哲学 = 癌細胞の病理 と 人間社会の病理』の原点で、病理学者が『がん哲学外来 = 生物学と人間学』を創設出来たのは ここにあろう!
4月12日は、2022年4月から 毎月開始されている 第37回『市ヶ谷だいじょうぶ!カフェ』(田口謙治・桂子夫妻 主催)に赴いた(添付)。 田口謙治氏は『明日を考える会 〜 次世代の社会貢献 〜』(添付)の編集人でもある。 今回、3月28日、29日の【『2025年メディカル・ヴィレッジ in 嬬恋村 がん哲学外来カフェin 万座』『樋野先生お誕生日お祝い会』】に参加されていた方も、 さらに名古屋からも出席されていた。 大いに感動した。 多数の参加者で、質問も寄せられた。 講演後、筆者は別室で4組の個人面談の機会が与えられた。 筆者の『総括』の後、皆様との『花』(瀧廉太郎作曲)を熱唱して終えた。 終了後のスッタフの会議も大いに盛り上がった。
新渡戸稲造 (1862-1933)が、愛読したカーライル(Thomas Carlyle :1975-1881)の『サーター・リサータス:衣装哲学』の『“Do thy Duty, which lies nearest thee, which thou knowest to be a Duty”(汝の義務を尽くせ。 汝の最も近くにある義務を尽くせ、汝が義務と知られるものを尽くせ)』をさりげなく語った。
筆者の夢は、【『天国でカフェ』を開くこと』(添付)であるとも述べた。 是非、『天国でカフェ』で、ピアノを演奏させてくださいとの希望が寄せられた。 まさに、『冗談を本気でする胆力』で、これこそ、『明日を考える会 〜 次世代の社会貢献 〜』の心得でもあろう!
『余計なお節介』と『偉大なるお節介』の微妙な違いと その是非の考察がこれからの大きな課題となろう。【『がん哲学外来・カフェ』は、『ユーモア(you more)に溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観のある人物』の育成訓練】でもある。 まさに、『本質的な人間教育の見直し』の時代的要請であろう。
『樋野先生の本』のチラシ(添付)も配布されていた。 本を持参された複数の方にサインを求められた。 大いに感激した。 大変有意義な貴重な時となった。