一般社団法人がん哲学外来

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21世紀のがん哲学 樋野興夫
〜すこしの時間ご一緒しませんか?
ちょっと立ちどまり、一息つき、考えるときを持ち、歴史人に思いをはせる~

第114回 人には使命がある ~ 世の中を少しなりとも善くする ~

2026年元旦は、筆者の故郷(島根県出雲市大社町鵜峠)から、訪問した姉とwifeと過ごした。 筆者の【父:樋野廉平(1921年1月24日~2013年5月5日) & 母:樋野壽子(1923年2月20日~2019年6月3日)】は、【現在では人口34名、60%の空き家の故郷】の島根県出雲市大社町鵜峠(うど)で、安らかに 92歳・96歳の天寿を全うした。【鵜鷺=(鵜峠 and 隣村の鷺浦)Medical Village『鵜鷺メディカルビレッジ=1人の人間を癒す為には1つの村が必要である』&『メディカルビレッジ=医療の隙間を埋める=医療の協働体』】の時代的到来であろう。

筆者が若き日に、教科書以外に読んだ、【親鸞(1173-1263)の『歎異抄』の『人種、性別、年齢、能力、貧富に関係なく、誰もが平等に「人間に生まれて良かった」と言える』、また、内村鑑三(1861-1930)の『後世への最大遺物』の『われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより 世の中を少しなりとも善くして 逝こうじゃないか』&『勇ましき高尚なる生涯 = 世の中への贈物としてこの世を去る』】が、2026年元旦、鮮明に蘇ってきた。

また、【『古いものには、まだ再活用される要素があるのである』(内村鑑三)&『最も必要なことは、常に志を忘れないよう 心にかけて記憶することである』(新渡戸稲造;1862-1933)】を痛感する年始である。

『人生に期待しない。人生から期待されていると考える』
『生きている限り、人には使命がある』
『自分の人生に潔く(いさぎよく)専念する』

第113回  誠実に語り、誠実にふるまう 〜 愛にあふれる 〜

2025年12月28日、wifeとCAJ(Christian Academy in Japan)のキャンパスの中にあるKBF(Kurume Bible Fellowship)に出席した。 終了後、知人のご家族とwifeと7人で、東久留米駅近隣のレストランで、昼食の時を持った。 CAJからアメリカの大学を卒業され、現在アメリカのニューヨークで勤務中で正月休みで帰国中の『日本語、英語のバイリンガル』の娘様と、筆者の既本の英訳で、大いに盛り上がった。 本当に実現したら、歴史的快挙と成ろう。『 誠実に語り、誠実にふるまい、誠実に生きて、常に真理に従うことを喜び、—、各器官が結び合わされ、体全体がしっかりと組み合わされて成長し、愛にあふれるようになるのです。』(エペソ人への手紙4章15〜16節)を実感した。

また、筆者が、2003年『日本癌学会』&『日本病理学会』の講演会で『がん哲学』を提唱し、2008年『外来がん哲学外来』を、病理医が、順天堂大学病院で開設出来たのは、【『わたしをつかわして 心のいためる者をいやし、 捕われ人に放免を告げ、 縛られている者に解放を告げ、 ―― また、すべての悲しむ者を慰め、 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、 灰にかえて冠を与え、 悲しみにかえて喜びの油を与え、 憂いの心にかえて、 さんびの衣を与えさせるためである。』(イザヤ書61章1-11節) &『知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、 有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。』(コリントの信徒への手紙一1章27節)】であると痛感する原点回帰の日となった。 まさに、『良き知らせがここにある』の心得であろう!

来年(2026年)に向けて、大変有意義な充実した貴重な、2025年の年末の1日となった。

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